(八雲氷川神社の絵馬堂)
・八雲氷川神社の概要と境内の様子
東急東横線の都立大学前駅で下車し、やや道が入り組んだ住宅街を抜けたところに八雲氷川神社がある。その境内に絵馬堂が建っているという情報を得て見てきた。
看板によれば、八雲氷川神社の祭神は素盞鳴尊(すさのうのみこと)、稲田姫命(いなだひめのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)で、多くの氷川神社と同じだ。創建の年代は明らかではなく内陣の奉納年が文化十四(1817)年、社殿の改築が安政二(1855)年らしいので、江戸時代後期には社頭風景はほぼ今と同じ姿だっただろうか。
旧衾(ふすま)村の鎮守で古くから「癪封じの神様」として知られており、御神木のアカガシを削って飲むと咳や腹痛が治ると信じられていたため皮をを剥ぐ人が後を立たなかったという。そのアカガシは今は枯れてしまったが根株が祀られている。また9月の祭礼日には二百年余りの歴史を持つという、スサノオのヤマタノオロチ退治にちなんだ「剣の舞」が奉納されている。
境内の看板。
八雲氷川神社の拝殿。
アカガシの根株。
お地蔵様。たくさんの人に触られたりして摩耗したのだろう、高輪の光福寺にある「幽霊地蔵」にも似ている。
・八雲氷川神社の絵馬堂
ここからは絵馬堂を見ていく。絵馬堂は神楽殿と渡り廊下でつながっている。
多くの扁額や絵馬が飾られている。
絵馬堂は東に面している。以下では向かって左(方角で言うと南)の壁の奉納物を左から順に見ていく。
女性の拝み絵馬。水色、黒、赤の鮮やかな彩色が残る。
横長の絵馬。何が描かれているか判然としない。左上に雲に載った御幣が見える。右側に羽織袴のような人の姿がある。「奉」の字の左の赤色は幔幕だろうか?
欠けた絵馬。堂内に似た図柄の拝み絵馬が他に何点かあるので、下部分には拝む人物が描かれていたのだと推測できる。
大きく立派な扁額。
扁額の上、屋根近くにも絵馬が。
奉納額。
親子3人の姿を描いたのだろう。他の拝み絵馬とタッチが違う。
能楽の絵馬。右の方に「加茂乃舞」とあり、演目は「加茂」とわかる。「維時明治参拾五壬寅稔 天長佳節」。明治三十五年は西暦1902年、このとき天長節は十一月三日。
しっかりしたタッチの拝み絵馬。ある程度専門的な訓練を経た絵師が描いたものだろうか。読めないが右下に落款らしき筆跡もある。左下の囲いに「陸軍重?砲兵?」とある。
祭礼で奉納される「剣の舞」の様子を描いた絵馬か。
奉納額。右に微かに「紀元二千五百●拾年」とある。
海中から出てきたように描かれた剣の絵馬。天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)をイメージしているのかもしれない。画材は油絵具だろう。
拝み絵馬。親子4人?画風が似た絵馬が他にも堂内に数点ある。
上辺が二つの山形?になっている独特な形の拝み絵馬。自然木の形を利用したのかもしれない。左上に御幣、目を凝らすと右下に拝む女性の姿が見える。
「剣の舞」らしき絵馬。上記の同様の図柄の絵馬をちょうど左右反転させたような構図で、抜刀した人物の着物が赤かったり笛や太鼓の人物が裃をつけているなどいくつか違いがある。
ここからは向かって正面(方角で言うと西)の壁の奉納物を見ていく。
左上に御幣が描かれている。右半分には拝む人々が描かれていたのだろうか?
人数が多い拝み絵馬。複数人でお金を出し合って注文したのかもしれない。数えてみると老若男女20数名が描かれている。
御幣と交差する日本刀を書いた絵馬。「大正十五年九月吉日」。「剣の舞」に関わる絵馬だろう。
だいぶ文字が薄れた奉納額。
大きな角材のようなものを台車に載せて運ぶ様子を描いた絵馬。中央上方に「氷川宮」という文字がある。境内の建築に関わるものかもしれない。
剣をレリーフ状に彫刻した奉納額。天叢雲剣をイメージしているのかもしれない。「昭和拾三年 如月」。
竜の頭は一つしか確認できないが、スサノオのヤマタノオロチ退治を描いた絵馬だろうか。
交差した剣が描かれた立派な扁額。「氷川神社 消防組」
絵柄がだいぶ薄くなってしまっている絵馬。画面左上に山並みのような線がある。
剣の絵馬。これも、天叢雲剣をイメージしているのかも。
「剣の舞」らしき絵馬だが描かれているのは女性のようだ。女性が舞うこともあったのだろうか?
絵柄が判然としない絵馬。右上に竹製の腰掛のような台に載った人物が描かれているように見える。その手前の人物は武装しているようだ。スサノオか?
拝み絵馬か。左に御幣が描かれている。右に羽織袴姿で拝む人の姿が2、3人見えなくもない。
半分に欠けた絵馬。向かって左の壁面の屋根近くに掛けられた絵馬の下半分かもしれない。
大願成就の奉納額が3点。
ここからはむかって右(方角でいうと北)の壁面を見ていく。
人名がたくさん書かれた奉納額。
拝み絵馬が3点。似た図柄の絵馬が堂内に他に数点あった。同じ絵師が手掛けたのだろう。左上の社殿はほぼ同じだが右の拝む人々がいろいろで面白い。
錆びついた?額。
日輪、月輪と大小の打刀が描かれた絵馬。剣の舞に関わる絵馬か。
拝み絵馬。七人描かれている。拝む方向が他の絵馬と違い右方向になっている。
大願成就?の奉納額。
簡潔なタッチで描かれた人物。拝み絵馬か?
親子だろうか?男性二人が描かれた拝み絵馬。
縁が丸い奉納額。
よく見ると梁の上にも絵馬があった。
神楽殿らしき場所で舞う人物(女性?)を描いた絵馬。左手には剣をもっているようにも見える。
屋根にも鉄剣が貼りつけられた奉納額が。
・まとめ
「剣の舞」の様子や舞で使われる刀を描いたと思しき絵馬がたくさんあった。よく不動明王を祀る寺院では持物である剣奉納物のモチーフになっていることがあるが、スサノオの持つ天叢雲剣らしき剣がモチーフの奉納物はいままであまり見たことなかった。
近隣の庶民に広く崇められてきたのだろう。多種多様な拝み絵馬が見られたのも面白かった。
○八雲氷川神社・・・東京都目黒区八雲2-4-16