絵馬ブログ

絵馬、絵馬堂についてのブログ。ほぼ月一回更新。/筆者:佐藤拓実/訪れた絵馬スポットの数:54(番外編:6)/ツイッター @EMA_blog_

絵馬考① 絵馬とは何か

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 (旗岡八幡神社にて)

  

 

 
・絵馬とは何か?

 

 
 誰しも一度は、初詣や旅先で訪れた寺社で、試験合格や健康を祈願した内容が書きつけられた板が境内の一角にいくつも連なってカラカラ音を立てながら風に揺れている、そんな風景を見たことがあるでしょう。
 絵馬とは一言でいえば「神仏に奉納するため絵を描いた板状のもの」といえます。その形、大きさ、図柄は様々です。ではなぜ「馬」なのか。
 それは、本来は神様が乗るための生きた馬(神馬)を奉納する習わしだったのが、土で作った馬(土馬)や木製の馬(木馬)になり、絵に描いた馬で代えるようになったからです。

 今でも神馬を飼っている神社や、木馬が置かれた神馬舎を持つ神社があります。

 

 

・一分くらいでわかる絵馬の歴史

 

 絵馬の起源は、出土遺物としては奈良時代までさかのぼることができるようです。

 神仏習合思想が普及した平安時代末期には寺院にも絵馬が奉納されるようになりました。
 それまで、絵馬には小さい絵馬(小絵馬)しかありませんでしたが、室町時代以降、大型化した扁額のような大絵馬が現れます。絵馬を収容するための建築である絵馬堂が作られるようになったのもこれ以降でしょう。

 以後、大絵馬奉納の流れは続きました。文政2年(1819)出版の「扁額軌範」のような著名な絵馬のカタログまでありました。

 今も、数多の絵師たちが健筆をふるった大絵馬が各地の寺社や絵馬堂で見られます。図柄は参詣図、境内図、武者絵、歌仙絵、船絵馬、 算額、 風景図と多様です。その中には文化的価値として優れたものもあり、宝物殿、美術館や博物館に保存され、市町村などにより文化財に指定されている例が多くあります。また、現在でも寺社に大絵馬を奉納する方がいらっしゃるようです。
 大絵馬の発達の一方、小絵馬は民間信仰的な色合いが強いものです。江戸時代の半ばから庶民の絵馬奉納が特に盛んになり、各地に絵馬屋があったことが想像されます。奉納の意味や内容が最も多様になるのは文化文政のころだといわれています。描かれたのは馬はもちろん、神仏、持物、眷属、依り代、祭具、祈願者の姿や祈願内容など多岐にわたります。

 手描きから印刷へと変わり、絵馬屋で買って奉納するより寺社で授与されることが多くなったという変化はあるにしろ、ご利益や祀っている神仏にちなんだ様々な小絵馬が寺社ごとに今日でも見られることは改めて説明するまでもありません。

 歴史を見る限り、やはり馬の絵を描いた小絵馬が本来的なものだとはいえるでしょうが、なによりその面白さは、一括りにするにはあまりに多様であるという点に見いだすことができます。

 

 

・絵馬の種類

 

 多種多様な絵馬を分類する方法がいくつかあります。

 まず、「小絵馬」と「大絵馬」です。文字通り大きさでの分類です。呼び分けに明確な規定があるわけではないでしょうが、石子順造は著作で縦横それぞれ30cm以下のものを小絵馬としています。ちなみに大絵馬の最大級の例では京都の清水寺にある明暦三(1657)年に奉納された海北友雪作の「坂野上田村麻呂東征奮戦の図」があり、縦3メートル横10メートルにもなるそうです。

 形としては、大絵馬はほとんどが横長の長方形です。小絵馬は大きく屋根型と四角型に分けられ、四角型はさらに正方形、横長長方形、縦長長方形に分けられます。屋根型では長方形の上辺を屋根型に切った五角形がもっとも今日では一般的でしょう。これらは額縁のように辺に色を塗る場合や別の木片で縁をつける場合もあります。関東は屋根型が多く、関西は横長の四角型が多いそうです。

 また、上に挙げているように画題で分けることも可能です。画題は祈願内容にちなんで選ばれるので、その意味でも注目すべきといえます。

 大絵馬であれば、例えば有名寺社の境内図、鵺退治の源頼政や虎退治の加藤清正を描いた武者絵、三十六歌仙などを描いた歌仙絵、海上交通の神様によく奉納される船絵馬、 和算の問題や解答を書いた算額、 名所を描いた風景図などがあります。

 小絵馬も画題で分けることができ、例えば岩井宏実著「絵馬に願いを」では、祈願内容によって6つの項目に分けて次のように小絵馬を紹介しています。

 

・幸せを願って(諸願成就、長寿など) 

・五穀豊穣、商売繁盛、諸芸上達

・子孫繁栄(縁結び、安産祈願など)  

・子供の成長(乳授け、入浴嫌いなど)

・病気平癒(瘡平癒、眼病平癒など)  

・禁酒・禁賭・禁煙・浮気封じ・縁切

 

 ただ、画題は必ず祈願内容と結び付いているわけではありません。絵馬とは元をたどれば生きた馬を神に捧げる代わりだったのですから、供物として立派な大絵馬を奉納することもしばしばあるわけです。もちろん武者や豪傑の絵を奉納するのは武士の立身出世祈願とは限りません。

 小絵馬の場合は大絵馬と比べれば祈願内容と画題が結びついていると言えそうですが、同じ画題でも祈願内容が異なる場合がよくあります。例えば丑年の人が奉納する牛の小絵馬と、天神様に奉納する牛の絵馬、瘡平癒のために奉納する牛の絵馬はそれぞれ意味が違ってきます。

 

 石子順造は、小絵馬を次のように六種類に分けています。

 

1、馬

2、神仏(祭器、眷属、生類ふくむ)

3、人物(人体の部分、物語ふくむ)

4、断ち

5、十二支

6、その他(オブジェふくむ)

 

 画題と祈願内容を取り入れており、便宜的な分け方だと言えるでしょう。この分類について石子は「どのように正確な分類を期して、それ自体にどれほどの意味があろうか、という思いが強くある」「雑多と思えるほどの多様性やその交錯のリアリティこそ、同時に絵馬のアクチュアリティなのだといえるにちがいないのである」と述べています。私もこの主張に同意します。

 

 ・絵馬の素材

 やはりイメージされるように木製の板に絵の具で描いたものが多いようです。大絵馬はほとんどそうでしょう。檜や桐を使った贅沢なものもあるといいます。しかし、それに収まらない例は枚挙に暇がありません。

 小絵馬は特に庶民の信仰形態だったので、杉や松、樅など身近だったいわゆる雑木を使う他は、紙、石、金属、陶、土、布など用途に合わせた身近な素材を用いたようです。布で立体物を作ったり、髷(!)を板に括り付けて奉納した例もあります。

 

 今後も引き続き絵馬にまつわるいろいろについて調べてまとめてみたいと思います。また新しい事実が分かり次第このページも充実させていきます。

 

 

 

 (続く)

 

(参考文献)

岩井宏実編「NHKブックス339 絵馬秘史」 日本放送出版協会 1979年

石子順造編著「小絵馬図譜」芳賀書店 1973年第二刷

岩井宏実著「絵馬に願いを」株式会社二玄社 2007年

 

(参考サイト)

京都発!ふらっとトラベル研究所

http://flattravel.blog.fc2.com/blog-entry-169.html

国立国会図書館 扁額軌範 2編
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2554431?tocOpened=1

品川歴史館解説シート絵馬って何だろう? 品川区

http://www.city.shinagawa.tokyo.jp/jigyo/06/historyhp/pdf/pub/kaisetsu/cs07l.pdf

レファレンス共同データーベース・絵馬はいつごろから始まったのか。

http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000080405

清水寺本堂の大絵馬

https://blog.goo.ne.jp/ateruimore/e/84b1d54dae4dd5716486e03927939228